【大好きな本をネタバレありで語る】「十角館の殺人」編

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 みなさんこんにちは、らくとです。

 この記事の中で私が語るのは、綾辻行人さんの「十角館の殺人」です。

 なお、この記事はネタバレありとなっています。未読の方は、ネタバレなしで「十角館の殺人」について語った記事も出しておりますので、そちらをご覧ください。↓
【大好きな本をネタバレなしで語る】「十角館の殺人」編 | らくとの本棚 (rakutonohondana.com)

※注意!この記事にはネタバレが含まれています。必ず、読了してからお読みください

 了解した方のみ下へお進みください。

 なお、こちらの記事は、「十角館の殺人」の詳しい解説というよりは、私がこの本を読んで思ったことや、この本の中で好きなシーン・言葉などを、解説もまあちょくちょく交えながら、好き勝手に語るスタイルなので、多少読みにくいかもしれませんが、ぜひ最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

あらすじ

 まずは、「十角館の殺人」のあらすじから紹介したいと思います。

 惨劇の舞台となるのは、九州大分県辺りの海上に浮かぶ小さな島、「角島(つのじま)」

 そこに渡るのは、ある大学の推理小説研究会のメンバー七人。お互いにニックネームで呼び合う彼らは、推理小説愛好家としての知的好奇心を満たすためにその角島を訪れ、一週間滞在する予定でした。次に船が来るのは一週間後、島からの連絡手段、なし。

 なぜ彼らが角島に興味を持つのかというと、その半年前に、その角島である事件があったからです。というのも、その島の主であった中村青司という建築家が、島にあった屋敷で妻と使用人夫妻とともに殺されたのです。この事件には不可解な点がいくつかあり、いまだ真相ははっきりしていません。彼らの好奇心をくすぐるには格好のネタだったわけです。

 かくして彼ら七人は、亡き中村青司が建てた、屋敷の離れであった十角形の館、通称「十角館」で寝泊まりをすることになるのですが、そこから彼らが一人また一人と殺されていくのです。

 一方、本土の方では、島に渡った連中と同じ推理小説研究会に所属していた二人の元に、奇妙な手紙が届きます。その手紙によって、半年前の中村青司の事件に興味を惹かれた彼らは、事件について調べ始めるのですが・・・。

ネタバレありの感想

 ※ここから先はネタバレとなりますので、読了済みの方のみお進みください。

 ここからは、「十角館の殺人」のそれぞれの場面で私が思ったことについて、好き勝手に語っていきたいと思います。みなさんがこの本を読み終えて、真相を全て知っているという前提で語ります

 ※なお、今私の手元にあり、参照しながらこの記事を書いているのは、上下二段構成になっている講談社ノベルズ版(多分めっちゃ初期のやつ)の「十角館の殺人」です。そのため、文庫版や新装改訂版とはページ数等少し合わないかもしれませんがご了承ください。

 まず、本文に入る前に私が触れておきたいのは、本のそでの部分に書かれていた「著者のことば」です(これは文庫版にはないかもしれないです)。そこで綾辻さんはミステリを書く人間のことを「悪戯好きの子供」と表現しています。そして、「いかにして読み手を騙すか」ばかりを考えていて、「出来上がった作品を人に差し出すのは、いつも、おずおずと」だと書いています。綾辻さんというのは、X(旧Twitter)などを見ていただいたら分かると思うのですが、実はとてもお茶目な方なのです。まさにミステリを書くことを綾辻さん自身がとても楽しんでいることが伝わってくる「著者のことば」で、綾辻さんらしくて素敵だな、と見たときに思いました。きっと綾辻さんは、読者のみんなが驚いているのを、刊行以来何十年も、にやにやしながら見ているのでしょう。

 さて、本文に入りたいと思います。

プロローグ

 まずはプロローグ。夜の海の防波堤に腰掛ける一人の人物。その人はどうやら、何かの計画を立てており、もうすぐその実行のときが近づいている様子。

重要なのは筋書ではない。枠組なのだ。」
事の成否は、あとは己の知力と機転、そして何よりも運にかかっている。」(10ページ)

  これらの言葉は、読み終わった後に改めて見てみると、本質を突いていると言えますね。確かに、今回の犯人の計画はかなり行き当たりばったりというか、はっきりとした筋書きに従ったものではなく、かなり大雑把で、運に頼ったものでした。しかし、その分柔軟というか、ある程度修正がきくもので、その故犯人はこの計画を成し遂げることができたのだと思います。

 そして、犯人は自分がこれからやろうとしていることについて、「裁き」だと言っています。どうやら、犯人は被害者(となるであろう人々)に何らかの怨みを持っているよう。そして、彼らを裁くために、罠を仕掛けたといっています。

罠は、十個の等しい辺と内角を持っている。」(11ページ)
 個人的にこの言葉が印象的でしたね。「十角館の殺人」というタイトルのこの小説に相応しい始まりの一言だと思いました。

 そして、犯人は被害者たちを順番に、じわじわと殺していこうとしていることが分かります。そこで犯人は「英国のあの、あまりにも有名な女流作家が構築したプロットのように」と言っており、この一言から、この小説がアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」を意識しているということがほのめかされています。

 そして犯人は、コートのポケットからあるものを取り出します。それは、透明な薄緑色の、小さなガラス壜。その中には、犯人の犯行計画の全てを記した告白の手紙が入っています。犯人はそれを「良心」と呼び、海に放り投げるのです。海に最後の審判を託すために。この壜が海の底に沈んだりして二度と日の目を浴びなければ、犯人の勝ち。逆に、原型を保ったままどこかに流れ着き、誰かに拾われてしまえば犯行が露見し、犯人は捕まってしまう。自分のしようとしていることを許してくれるのか、くれないのか、それを彼は海に問うたのです。

 当然ですが、この時点では、犯人が誰なのかは分かりません。

一日目・島

 さて、一日目。大学の推理小説研究会のメンバーが船で島へ向かいます。この時点で、このメンバーたちの癖の強さが少し出てきています。それが顕著なのが、お互いに呼び合っている名前。彼らはお互いのことを「エラリィ」やら「ポウ」やら、海外のミステリー作家の名前が由来となったニックネームで呼んでいるのです。しかし、ここで「変わった連中だなあ」と思うだけで終わってはいけません。これによって彼らの本名が私たちに伏せられているのです。そして実は、これがこの作品の中で最も重要ともいえる伏線なのです。

 ひょっとしたら、ミステリーを読み慣れた人ならば、ここでピンと来る人もいるかもしれません。叙述トリックが使われている作品では、この手口はよく使われがちだからです。ミステリーでは、登場人物の本名が伏せられて、何かのニックネームやあだ名でしか呼ばれない場合、そこに叙述トリックが使われている可能性が高いのです。なので、ここで、「これは何らかの叙述トリックが仕掛けられているな」と勘のいい人なら分かる可能性もあります。でも、それが分かっていても、結局は騙されてしまう。それがこの「十角館の殺人」なのです。

 さて、角島、そしてそこに建つ十角館に連中が着きます。そこで出迎えたのがメンバーの一人、ヴァン。「十角館」は、今、不動産業をしている彼の伯父の手に渡っていて、そのコネクションを利用して連中をこの島に招いたのが彼です。そのため諸々の準備のために一足早く十角館に来ていたわけです。しかし、これも今考えれば重大な伏線でした。彼は、絶対に、島まで彼らを送ってくれた漁師の親子にその姿を見られてはいけなかったのです。だから、先に島に行って、しかも入り江まで出迎えもしなかったわけです。なぜなら、島の外では、ヴァンはこの島には渡っていないことになっているのですから。

「十角館」はその名の通り、十角形の形をしていて、そして建物だけではなく中のホールまで十角形になるよう、上手く部屋が作られています。まあそれだけといえばそれだけなんですが、とても奇妙ですよね。23ページ上段に平面図が載っています。

 そして、ここで話題に上るのは、半年前にまさにその角島で起きた「謎の四重殺人」。島の北側に建っていた青屋敷、そしてその離れである十角館を設計した建築家であり、この島の主でもあった中村青司・・・彼とその奥さん、そして住み込みの使用人夫妻の四人が殺された凄惨な事件です。一人の庭師が行方不明になっており、彼が犯人だという見方が有力ですが、中村夫人の手首が切り取られていて、しかもそれがまだ見つかっていないなどという不可解な点も多くある事件です。推理小説研究会の連中は、この事件に興味をひかれてこの島にやってきたのです。

 (ちなみにですが、この建築家、「中村青司」。彼は、実はこの「十角館の殺人」限りの登場人物ではないのです。彼は、この作品の後に続く「館シリーズ」、このシリーズ全体を通した重要人物です。というのも、この「館シリーズ」で事件が起こる館は全て、この中村青司が設計に関わったと言われている館だからです。)

 まあ、一日目は特に何事もなく、という感じで終わりますね。

一日目・本土

 次は、場所が変わり、一日目の本土の方。物騒な手紙からいきなり始まります。

お前たちが殺した千織は、私の娘だった」(50ページより)

 こんなことが書かれた手紙が、島へ渡った連中と同じ推理小説研究会に所属していた江南孝明(かわみなみ・たかあき)の元へ届くのです。しかも、その差出人は・・・中村青司。何やら穏やかではない文面ですが、江南くんには心当たりがあるようです。一年以上前に行われた研究会の新年の飲み会で、急性アルコール中毒とそれにより誘発された心臓発作で亡くなった後輩がいて、それが中村千織だったのです。江南くんはたまたまその場にはいなかったようですが、研究会の連中に無理矢理お酒を飲まされたことが原因だと考えられ、まあ、見ようによっては「殺された」と言われても仕方がないかもしれません。結論から言うと、これが、角島でこれから起こるであろう連続殺人の動機なのです。つまり、犯人の目的は、千織を殺した研究会のメンバーたちへの復讐です。そして、どうやら、その中村千織というのはあの中村青司の娘だったようです。

 もうすでにここから、一つのミスリードが始まっています。それはすなわち、これから角島で起こる事件の犯人は中村青司ではないか、と読者に思わせることです。庭師が行方不明なことや、中村青司の死体が黒焦げだったことから見ても、中村青司が死んだと見せかけて実はまだ生きていて、娘の復讐のために、島に残って連中を殺し回る・・・いかにもありそうですよね。死んだと思っていた被害者が生きていて実は犯人だった、なんていうのは実際にミステリー小説ではよく使われる手です。そんな風にして、島に渡った連中7人以外にいかにもそれらしい犯人候補を作ることで、実際の犯人から巧妙に目を逸らさせているのが上手いなあ、と思います。

 その物騒な手紙に興味を持った江南は、中村青司の弟である中村紅次郎の元を訪れます。そこで、彼の元にも似たような手紙が届いていたことを知るのです。そして、そこで出会ったのが、島田潔という一風変わった男。(ちなみに、彼は実はこれから続く「館シリーズ」で探偵役を務めることになります。)好奇心いっぱいのこの男と江南は、中村青司の事件について調べ始めます。

 そして、本土の方でのもう一人の登場人物・守須恭一(もりす・きょういち)。彼もまた推理小説研究会の元メンバーで、彼の元にも似たような手紙が届いていました。そして、もう読んでいただいた方は分かると思うのですが、彼こそが、この事件における最重要人物なのです。

 そもそも、島の様子と本土の様子を交互に見せるような構成になっているのも、後から考えれば不自然な気もします。メインは角島の方なんだから、角島の様子だけ描写すればいいものを、なぜわざわざ本土の様子まで書くのか。半年前の中村青司の事件の真相を本土の二人に追ってもらうためという理由は一応ついてはいたものの、実際はこの島と本土を行き来するようなこの構成自体が、壮大な伏線となっていたことが読み終わった後に分かります。

二日目・島

 一日目は特に何事もなかったのですが、この二日目の朝から、この角島に不穏な空気が漂い始めます。その空気をもたらしたのは、何者かによって用意された、悪趣味なプレートでした。

 [第一の被害者][第二の被害者][第三の被害者][第四の被害者][最後の被害者][探偵]「殺人犯人]

 それぞれこのような言葉が赤い文字で記された乳白色のプレートが7枚、中央ホールのテーブルの上に置いてあったのです。

 この時点では島の連中はこのプレート、そしてそこに書かれている言葉を100%本気にしたわけではありませんでした。当然といえば当然ですよね。こんなのいきなり本気にするほうがどうかしていると思います。ここに集まっているのは本格ミステリーが大好きな変人たちばかりなのだから、孤島・館・クローズドサークルというこの状況にかこつけて、こんな悪趣味な悪戯を企んだ人間がいても不思議ではない・・・みんなそんな風に考えました。いや、考えようとした、という方が正しいかもしれません。

 悪戯に決まっていると思いながらも、どこか拭いきれない不吉な感じが、島にいる7人の上に重くのしかかります。本気で怖がるのは馬鹿馬鹿しいけれど、笑い飛ばすこともできない・・・そんな微妙な空気の中二日目は過ぎていきます。

 個人的に、このプレートがいい役目を果たしているなと思います。いきなり殺人が始まるんじゃなくて、こうやって事前に「被害者」だの「殺人犯人」だのという不吉な言葉をほのめかすことで、「何かが起こるぞ」という不安を島の連中に味わわせる・・・そこには何かしらぞっとする悪意のようなものを感じます。

 そして、この章は、傍点が付けられた、こんな意味深な一文で終わります。
少なくともこの時、例の殺人予告のプレートは文字通りの意味しか示さないのだと知る人間が一人、確かにこの島にはいたのである。」(96ページ)
 これもまた、暗示的な一文ですよね。そう、翌日から実際のこのプレートの通りに、「第一の被害者」「第二の被害者」・・・と人が殺されていくわけです。そして、ポイントは、「犯人」というプレートもきちんと用意されていること。ここにいる人数は7人。プレートも7枚。ということは、犯人は、中村青司などではなく、間違いなくこの7人の中にいる・・・それがここで何気なく示されているわけです。

二日目・本土

 中村青司の事件に興味を持った島田と江南は、その事件で行方不明となり、犯人と目されている庭師の妻に会いに行きます。そこで興味深い話をいくつか聞きました。

 そして、夜に守須と合流します。守須は、昼間は磨崖仏の絵を描くために国東に行っているので、彼らの探偵活動に付き合うことはできず、夜になってから結果だけ聞くことにしたのです。読み終えてから、これもまた伏線だったことに気が付きますね。あくまでも「安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)」を気取るキャラクターとして守須を描いていたことは、「彼は昼間、彼らと一緒に活動することはできなかった」という重大な事実を隠すためのカモフラージュだったとも言えるでしょう。

 そんな守須が、中村青司の事件についての見解を、まさに「安楽椅子探偵」のごとく述べ始めます。それは何となく、私たち読者も薄々疑っていたであろう可能性・・・すなわち、「中村青司生存説」です。(ちなみに、こういう、殺されたと思っていた人が実は生きていて真犯人だった、というようなトリックを、ミステリー用語で「バールストン先攻法」というそうです。初めて知りました。)つまりは、屋敷で焼死したのは実は行方不明になっていた庭師の方で、中村青司は今もどこかで生きているのではないか、ということです。この説はわりと終盤までずっと引っ張られ続けて、私たち読者をミスリードし続けることになります

 さて、そこからさらに事件を調べようとする島田に向かって、守須が苦言を呈する場面がありますね。あまり他人の私事に立ち入るべきではない、と。これによって空気が微妙な感じになるのですが、最初に読んだときはすごく唐突な感じがして、なんで急にこんなことを言い出したのかと怪訝に思ったのですが、これにも意味があったのだと、あとから読み返せば分かります

 とにかく、ここで、守須は中村青司事件の調査からは降りると宣言します。

三日目・島

 さて、三日目の島です。悲劇の幕開けです。

 昼近くに目が覚めてホールに出てきたアガサは、オルツィの部屋のドアに貼り付けられたプレートを見て、悲鳴を上げます。そのプレートに書かれていた言葉は「第一の被害者」・・・。

 そう、この事件の第一の被害者はオルツィでした。彼女はベッドで首を絞められて殺されており、奇妙なことに、左手が切り落とされていました。残ったミステリー研究会のメンバーたちは、これを半年前にこの島で起こった中村青司の事件の見立てだと推測します。

 不吉な予感を覚えながらも、同時に冗談であるはずだと思っていたプレート。そのプレートの通りに本物の「第一の被害者」が出た今、当然十角館の中の空気は、昨日までとは全く違うものになります。実際に仲間が殺され、そしてあのプレートを信じるならば、殺人はここで留まらず、「探偵」と「犯人」を残してみんな死ぬことになる。今すぐにでも島を出て本土へ帰りたいが、あいにく舟が来るまではあと何日もあり、島からの連絡手段もない・・・そんな状況で、平然としていられるわけもなく、ここから、恐怖と疑心暗鬼によって彼らの精神は蝕まれ、痛々しいほどに心が疲弊していきます

 しかしここにいたっても、まだ冷静な男が一人。エラリィです。そんな状況で彼が唱えたのは、「中村青司生存説」。本土の方で守須が唱えたのと同じように、「中村青司は実はまだ生きている」ということが前提となった説です。エラリィは、彼は実はまだ生きたままこの島に住んでいて、そして自分たちを殺し回ろうとしているのではないか、と言い出すのです。けれど、その場ではあくまで可能性の一つとして軽く流されてしまいます。しかし、このように、島でも本土でも「中村青司生存説」が唱えられることで、ますます読者はがっちりとミスリードされることとなります。

 しかし、この日の被害者はオルツィだけではありませんでした。なんと、二人目の被害者が出たのです。それは、ホールに集まって、みんなでコーヒーを飲んでいたときのこと。カーが突然、気味の悪いうめき声を発してその場に倒れます。そしてその日の夜中にそのまま息を引き取るのです。

 そう、「第二の被害者」はカーでした。死因は毒殺。状況から見て、コーヒーに毒が入っていた可能性が高いと思われますが、問題は、それが出来たのは誰かということ。毒はコーヒーに入っていたのか、だとしたら毒が入れられたのはコーヒーを淹れたときか、それとも飲む直前か。それとも、毒はカップに仕掛けられていたのか、もしそうなら、犯人はどうやって毒が塗られたカップを見分けて避けたのか・・・。しかし、一向に結論は出ず、うやむやなまま終わります。

三日目・本土

 三日目の本土は特に何事も起こりません。島田と江南が、漁船で連中を島まで乗せていった人に出会って話を聞くのですが、特筆すべきことはないと思います。

四日目・島

 さて、また重苦しい一日の始まりです。朝起きると、カーのドアの部屋に「第二の被害者」のプレートが貼り付けられていました。犯人はあのプレートにこだわりがあるようです。

 そしてなんと、バスタブの中に血まみれの手首が落ちているのを、ポゥが発見します。しかし、それはオルツィのものではなく、カーのものでした。おそらく、みんなが寝ている間にこっそりと犯人がカーの死体から手首を切り取り、バスタブの中へ放り込んだのだと思われます。これもまた犯人の見立てなのか・・・謎は深まるばかりです。

 そして、エラリィは、ある疑惑を胸に、半年前の事件で焼け落ちた青屋敷の跡地に向かいます。その疑惑とは、「ひょっとして青屋敷には地下室があったのではないか」というものでした。そして、エラリィのその読みは当たり、地下室へと続く階段を見つけるのです。しかし、その階段を降りようとしたところ、エラリィは何かに足を引っかけ、階段を転がり落ちてしまいます。なんと、その階段の入り口には、誰かの仕掛けた罠だと思われるテグスが張ってあったのです。エラリィは幸い足を挫いただけで済みました。そして、その地下室の中には、誰かがいたような形跡が・・・。そう、ここでも「中村青司生存説」が補強されます。

 一方、ルルゥの頭の中には、ずっと何か二つのことが引っかかっています。一つは少し前の記憶で、もう一つはもっと新しい、この島に来てからの記憶。何か重大なことを無意識のうちに見ているのではないか・・・そんな気がするのですが、それが何なのかは一向に思い出せません。(そして、実際にルルゥは、それに気が付きさえすれば、真相にとてつもなく近いところにいたのです。)

 さて、幸いにして四日目は死者が一人も出ずに終わります。

四日目・本土

 さて、本土では、島田と江南が二人で、再び青司の弟である紅次郎のもとを訪れます。そして、島田が、千織は実は青司の娘ではなく、紅次郎の娘だったのではないか、と紅次郎に問いかけるのです。つまりは、紅次郎は兄の妻である和枝さんと男女の関係にあって、千織はその二人の間の子供だったのではないか、ということです。そう考えると、中村兄弟の仲が千織が生まれた頃に悪化したことも、青司があまり千織を愛していないように見えていたことも、納得がいくのです。

 そして、島田はさらに、行方が分からなかった和枝の左手首は、事件が発覚する前に、青司から紅次郎へ送りつけられていたのではないか、と彼を問い詰めます。そして、それは事実だったと紅次郎も認めるのです。つまり、半年前の事件は結局青司による無理心中だったということです。和枝を心から愛していた青司は、そんな和枝の心が自分の弟にあるのではないかということに気づき、そして嫉妬に苦しみます。それでも千織だけは自分の娘だとかろうじて信じて生きていたけれど、その千織すらも死んでしまいました。自分と和枝を繋ぐ唯一のものだと思っていた存在の喪失により、彼は完全に狂ってしまい、こんな苦しみを抱えて生きていくことができず、また和枝を手放すこともできず、結果、彼女を道連れにして自分も死ぬという道を選んだのです。

 そして、紅次郎は、「青司はもう生きていないと思う」と二人に言います。そして、島田もそれが真実だと思う、と認めるのです。つまり、この時点で、本土の方では、「中村青司生存説」はほとんど消えたということになります。確かに、紅次郎の語った、事件に至るまでの青司の思いが事実ならば、青司は和枝を殺して自分だけ生き残るようなことはしない、というよりもできないだろうな、という気がします。

 そこで新たに犯人として浮上したのが、中村紅次郎です。前述したように、彼こそが千織の本当の父親で、つまりは、あの島に渡った連中を殺害する動機(=千織を酒の席で死に追いやったことに対する復讐)を本当の意味で持っているのは紅次郎ということになるからです。

 さて、中村紅次郎という一人の人間のプライベートな部分、それも見られたくなかったであろう繊細な部分に土足で踏み込んでしまったと感じ、あまりいい気分ではない江南。「中村青司生存説」もほぼ立ち消えになったことだし、ここでもう探偵の真似事は辞めにしよう・・・と決めます。

 ここから角島での事件発覚までは、本土のパートはありません。

五日目

 さて、五日目に最初に被害者として発見されたのは、アガサでした。彼女もカーと同様、毒殺。毒が仕込まれていたのは彼女の持っていた赤い口紅でした。いつもはローズの口紅を付けていたアガサですが、今日は口紅の色を赤に変え、それが命取りになりました。私の中では、このアガサの死がとても印象に残っています。アガサが口紅の色を赤くしたのは、暗く重苦しい島の空気に影響されて、やつれ、荒んだ自分の顔を少しでも美しく、明るくみせるためだったからです。女として、常に美しく、凜々しくありたいと思っていたアガサ。この極限状況下でもそうあろうとしたのは立派だと思いますが、それが命取りとなったのが皮肉だなあ、と思い哀しい気持ちになりました。
(お化粧は、一段明るいものにしなくっちゃ・・・)」(192ページ)
死ぬ前のこの言葉が何とも哀しかったです。

 さて、ここで亡くなっているアガサを見て、ヴァンが気分を悪くして嘔吐してしまうのですが、後から考えれば些細ながらこれもミスリードでしたね。ヴァン視点で描かれた部分を読むと、このときのヴァンは演技などではなく本気で怯え、そしてかなり精神に限界が来ているように見えます。その様子を見ると、彼は犯人には到底見えません。犯人なら、この状況を作っているのは自分自身なのだから、外面はともかく、内心では平然としているはずだからです。でも、彼はそうではなかったのですね。後から彼の独白によっても語られますが、彼は、完全に冷徹な殺人鬼にはなりきれなかったようです。それどころか、彼自身も苦しみながら、もがきながら、犯行を続けていたことが分かります。

 さて、ここで、事件は急展開を見せます。アガサの死体が発見され、騒ぎになっているのに起きてこなかったルルゥ。不思議に思った残りの面々は、ルルゥの部屋のドアに目を向け、そこで初めて、そこにあのプレートが貼ってあることに気付くのです。そこには「第三の被害者」と書かれていました。

 そう、実はアガサは「第四の被害者」、そして「第三の被害者」はルルゥだったのです。

 ルルゥが殺されていたのは、屋外でした。それも十角館から少し離れた、青屋敷の近くです。亡くなったのは夜明け頃だったと思われます。ルルゥは自分の意思で外に出ていき、そして、そこで犯人に殺されたものと見られます。

 さて、この時点で残ったのは三人。エラリィ、ヴァン、ポゥです。プレート通りに考えるとすれば、この三人にはそれぞれ「最後の被害者」「探偵」「殺人犯人」の役が割り当てられているはずですが・・・。三人はそれぞれの腹の内を探り合いながら、推理を展開していきます。

 そこで彼らは些細ながらも重要なある一つのトリックに気が付きます。それは、カー毒殺の方法についてのトリックです。毒はいったいいつ、どうやって混入されたのか。状況から見て、カップにあらかじめ毒が塗られていたという説が最も有力ですが、そのためには、犯人は、自分が毒を避けるために、どれが毒が塗られたカップなのか見分ける必要があります。しかし、毒が入っていたカップは他のカップと同じ形、同じ色、特徴的な傷なども特になく、見分けはつけられない・・・ように見えていました。ある一つのことに気が付くまでは。
 そう、その「あること」とは・・・

このカップは十角形じゃない。十一個、角がある―」(210ページ)

 そう、全て同じ十角形のように見えていたカップ。しかし、その中にたった一つだけ、「十一角形」のカップがあったのです。そして、犯人はそれを目印に、自分には当たらないように毒を仕込んだのでした。
 これが明かされたときは、思わず「おおー」と言ってしまいました。全然メインのトリックではないのですが、意外な盲点に驚いたのです。館の外観も十角形、中のホールも十角形、テーブルもカップも十角形・・・こんなにあらゆるところに十角形があれば、もういちいち角の数を数えたりしませんよね。これが五角形と六角形ならばすぐに気付くのでしょうが、十角形と十一角形ではなかなか気付かない・・・(むしろ気付いた方がすごいと思います)。その盲点を上手く利用したトリックが、個人的にはすごく好みでした。
 しかし、これでカーのコーヒーに毒を仕込んだ方法は分かりましたが、それなら誰でもできること。犯人を特定することは出来ません。推理は行き詰まってしまいます。

 しかしそこで、エラリィがあることに気が付くのです。それは、ルルゥの殺害現場に残されていた足跡についてのこと。実際に現場に行って確認してみると、その足跡は明らかに不自然でした。その足跡が示しているところによると、犯人はどうやら、海から来て、海へと帰っていったようなのです。なぜ犯人はそんな不可解な方法を取ったのか・・・そしてそこからエラリィの推理は、再び外部犯・・・すなわち「中村青司犯人説」へと向かっていくのです。つまり、すぐ隣にある小さな島、猫島に青司は潜んでいて、そこから舟に乗ってこちらへと渡って自分たちを殺し、そしてまた猫島へ帰っていっているのではないか、そんな風にエラリィは考えたわけです。

 このように、島では本当に終盤まで「中村青司犯人説」が引きずられます。というよりも、エラリィがその説に固執している、と言った方が正しいかも知れません。「中村青司犯人説」はいかにも本格ミステリー、という感じなので、エラリィのお気に召したのかもしれません。
 最後まで読んでいるみなさんは分かるかと思いますが、犯人は中村青司ではありません。そもそも本土では、半年前の事件は中村青司の無理心中だった、つまり中村青司はもう生きてはいない、という結論が出ています。そして、「海から来て海へ帰っていった足跡」というのは、ここに気が付いた時点で、エラリィはかなり真相まで迫っていたのです。しかし、そこから中村青司を犯人だと思い込んでしまったのが、彼の失敗でした。確かに犯人は、「海から来て海へと帰っていった」のですが、発想を変えれば、それは中村青司だけではなく、今自分の隣にいる仲間二人にも可能なのだということが、もっと冷静に考えれば分かったかもしれません。エラリィには申し訳ないですが、彼には探偵の才能はなかったのかもしれません

 さて、中村青司犯人説が再び固まってきたところで、思わぬことが起こります。最後に残った三人の内の一人・ポゥが、突然異様な声をあげてその場に倒れます。それが、彼の最期でした。
 「最後の被害者」はポゥだったのです。

 さて、ここで残ったのはエラリィとヴァン。プレート通りに行けば、どちらかが「探偵」でどちらかが「殺人犯人」。この時点で、勘の良い読者なら薄々気付いているでしょう。犯人はヴァンなのではないか、ということに。エラリィがもっと冷静ならば、普通に考えて犯人はヴァンだと思い、もっと警戒したかもしれませんが、何せ今の彼の頭の中は「中村青司犯人説」でいっぱいです。特にヴァンを警戒することもなく、むしろ共通の敵に立ち向かう仲間だとまだ思っている節すらあります。

 そしてエラリィは、十角形のカップの中に一つだけ十一角形のカップがあったことを思い出し、そこから、ひょっとして、それはカップだけではないのではないか、と思います。つまり、十と見せかけて十一だったものが他にもあるのではないか、と思うのです。そして彼が考えたのは、「十一番目の部屋があるのではないか」ということでした。それは構造的には地下にあるとしか考えられず、そして、おそらく、あの十一角形のカップがその部屋に続く鍵となっている・・・彼はそう推理します。

 彼の推理は当たりでした。十角館のホールの真下には、もう一つの部屋があったのです。おそるおそる降りて進んでいく二人。そんな二人を待ち受けていたのは、一体の腐乱死体でした。
 この死体が誰なのか・・・それはこの時点で作中でははっきりと明かされていませんが、おそらく半年前の事件で行方不明となっていた庭師だと思われます。しかし、これが中村青司であろうと行方不明の庭師であろうと、ここに死体が一体あるということは、そしてそれがもう腐乱しているということは、半年前の事件の関係者で生き残っていたものなどいなかったということです。つまり、ここでようやく、「中村青司生存+犯人説」というのは完全に断たれたことになります。つまり、犯人はほとんど絞られますね。エラリィか、ヴァンか(中村紅次郎・・・という説もありますが)。

 そして、その夜・・・。十角館からゆっくりと、火の手が上がります。その炎の光は本土まで届き、ようやく島の事件が本土に発覚するのです。これが、事件の終幕です。

六日目

 さて、島での事件は終わったので、ここからは舞台は本土になります。

 守須は朝にかかってきた電話で、事件のことを知ります。それによると、十角館が炎上、そして、島に渡っていた人間は全員死亡、ということでした。しかし、これも伝え方が上手いですよね。全員死亡といっても、その全員というの何人なのか、それについては明かされていないんですから。

 そして、島田は、動機からみると、やはり中村紅次郎が犯人なのではないかとまだ疑っているようです。そして、あんな手紙を江南や守須に送りつけてきたのは、青司が生きているのかもしれない、と思わせるためだったのだと推理します。

 しかしそこで、島田警部(実は彼は島田のお兄さんです)が彼らの元にやって来て、事件の軽い報告と、事情聴取を行います。そこで、警察の見解は、仲間のうちの一人が、他全員を殺して自殺したのではないか、という方向に固まりつつあるらしいと分かります。そしてその一人・・・つまり犯人はエラリィこと松浦純也の可能性が高い、と。ここまではまだ多くの読者は真相には気がつけないと思います。島に渡った人間は全員死亡、そして犯人はエラリィ。これがこの事件の結末なのか・・・そう思っていたところに投下されるのが、伝説の「あの一行」なのです。

 島に渡っていた連中にニックネームが付けられていたことを知った島田警部は、興味本位で、彼らと同じ推理小説研究会に所属していた江南と守須にもそんなニックネームがあったのか、と尋ねるのです。江南のニックネームは「ドイル」(もちろんコナン・ドイルから)、そして守須はニックネームを聞かれて、こう答えます。

ヴァン・ダインです」(248ページ)と。

 そう、これが本格ミステリー界で伝説として語られ続ける一行なのです。「一行で世界がひっくり返る!」というキャッチコピーはけっこう本格ミステリーでよく見られるものですが、個人的には、これ以上に簡潔で衝撃的で美しい一行ってないんではないかな、と思います。なんといっても素晴らしいのは、本当にその一行だけで全てが分かってしまうこと。もちろん細かい伏線回収はその後の章で解説されるのですが、ほとんどの人は、この一言だけで、「ああ、そういうことだったのか!」と事件の大まかな真相に気が付くのではないでしょうか。まさに無駄のない、たった一言で全てが分かる、衝撃的な瞬間です。ヴァンが犯人、というところまではある程度予想できていた人もいるかもしれませんが、守須=ヴァンというのを予想できていた人はかなり少ないと思います。初めて読んだときは、球を受けようと思ってピッチャーに向かってグラブを構えていたら、全然違うポジションからボールが飛んできた、みたいな気持ちでした。

 そう、いまさら言うまでもないですが、これはいわゆる叙述トリックです。本土の守須と島のヴァンは実は同一人物だった、というのが、この事件の最大のポイントです。映像化されてしまったら一発ですが、文章では顔までは分からず、しかも島の方はニックネーム呼びで本名が伏せられているので、読者はまんまと騙されてしまうというわけです。今思えば、他の癖の強いメンバーに比べてヴァンだけあまり特徴がなく平凡なように書かれていたのも、トリックのためだったのだな、と。例えばエラリィが本土の誰かだったとしたら、そのすごく特徴的な性格と話し方で「こいつエラリィなのでは?」と気付いたと思いますからね。

 まあ、つまり今回のトリックを大雑把に言うと、ヴァンと守須は同一人物。彼は昼は島にいて、夜になるとボートで本土へ帰り、また朝になるまでに島へ戻ってくる、というまあまあの力業で今回の殺人をやってのけたわけです。そもそも、ヴァン(=守須)が島に渡ったメンバーの一人だと思っていたのは、島に渡った連中だけで、本土では彼は島には行っていないということになっています。そして、彼は昼間は島に行っていたため本土にはいなかったのですが、それを知られないために、江南や島田には、「磨崖仏を描きにいっている」などと嘘をいっていたわけです。

 そう考えたら、これはある意味では完全な「クローズド・サークル」ではなかったということですね。犯人は確かに島に取り残された輪の中にいましたが、彼はその輪の中と外を自由に行き来できたわけですから。誰も島の外には出れないし、誰も島の外からはやって来れない・・・「クローズド・サークル」という状況からそういう先入観を抱いてしまっていたのも、私たちが騙されてしまった要因だと思います。実際には舟さえあれば行き来は可能だったというのが、盲点でした。

七日目

 この章は新聞記事で事実を伝えているだけです。まあ、表向きからみた今回の事件、というところでしょうか。

八日目

 そして、ここからはヴァン(=守須)視点での事件の振り返り・・・つまりは答え合わせの章といったところです。ここで、張られていた数々の伏線や、彼がどうやって殺人をやってのけたのか、そしてどんな心情だったのか、が明かされていきます。

 そう、この小説で特徴だと思うところは、探偵役がいないというところですね。これ以降の「館シリーズ」では島田が探偵役となるのですが、この「十角館の殺人」では彼は探偵役ではなく、事件の真相はこうやって犯人自身の告白によってのみ読者に示されます。細かい部分をここでいちいち解説するのも野暮なので、そこは実際に読んでいただくとして、ここからは、私の印象に残った部分だけを記していこうと思います。

 まずは、エラリィのこと。彼はいかにも「探偵役」といった雰囲気を醸し出しており、実際に重大ないくつかの事実にも自力で辿り着くだけの推理力は持っていましたが、結局真相を見抜くことはできず、まんまとヴァンの手に落ち、挙げ句犯人にまで仕立て上げられた、なんなら一番哀れな役どころだったといっても過言ではないでしょう。なんといってもヴァンと最後の二人として残っても、自身の「中村青司犯人説」に固執するあまり、ヴァンのことを全く疑わなかったのは少し驚きました。ヴァン自身が回想した最後の場面でも、ヴァンの淹れたコーヒーをすぐに飲み干し、挙げ句眠ってしまうという無防備ぶり。個人的に、エラリィはミステリマニアであったため、「本格ミステリ的な」真相を求めすぎていたのかな、と思います。仲間の一人であるヴァンが犯人というよりも、死んだと見せかけて青司が生きている、という方が本格ミステリっぽいですもんね。

 あと、個人的には若干ヴァンの動機が弱いかな、という印象を受けました。恋人が彼らのせいで死んだといっても、無残に殺されたわけでもないし、それどころか連中には別に殺意すらなかったわけで、見方によっては事故に近いです。なのに、それを理由に元々仲間だった人たちを六人も皆殺しにするというのは異常だと思いました。それに、島での彼らの様子を見ていても、7人の中に、変人は何人かいましたが、根っからの悪人というのはいないように思えました。だから、余計にみんなが死んでいくのが痛ましく感じられました。しかもそれで復讐を遂げたら潔く警察に捕まるというならまだしも、その中の一人を犯人に仕立て上げて自分はこっそりと罪から逃れようというのはどうにも卑怯というか・・・私はそのヴァン(=守須)のやり方が気にくわなかったです。

エピローグ

 そして、最終章、エピローグ。

 事件から少し経ったある日の防波堤。結局、事件の真相としては、エラリィが全員を殺して自殺したということに落ち着き、事件の捜査も打ち切りになりました。つまり、彼女であった中村千織の復讐を完全な形で成し遂げた守須。しかし、彼の胸にあるのは虚無感だけで、愛していた千織は、心の中でも、もう彼に応えても、現れてもくれない・・・。

 そんなとき、そこで彼は島田に再会します。彼はまだ事件に興味を持っているようで、何か他の真相があるのではないか、と思っている様子。自身の犯行に気付かれるかもしれない、と怯えた守須は彼から逃げて浜辺へと下り立ちます。そして、そこであるものを見つけるのです。

 あるものとは、薄緑色の小さなガラス壜。彼はそれに見覚えがありました。みなさんも覚えてますよね。プロローグで彼が海に投げ捨てた、彼の良心。そこには彼の犯行の告白文が入っています。それが全てが終わって、完全犯罪を成し遂げようとしている今、再び彼の前に舞い戻ってきた。これは何を意味するのか。

 彼は苦笑を浮かべると、その壜を島田に渡して来るように、近くにいた子どもたちに伝えるのです。これはつまり、ほとんど「自首」を意味します。そこで物語は終わります。

 完全に綾辻さんのオリジナルというわけではないのですが、私はこの終わり方、好きでしたね。プロローグで出てきた小壜をエピローグで綺麗に回収し、物語を終わらせる。その美しさもそうですが、犯人の自首で終わるというのが、すっきりして好きでした。海へ放り投げた小さなものが、再び自分の元に戻ってくる確率というのはいかほどのものでしょう。自分は裁きを受けるべきか、それとも許されてもいいのか、その是非を海に託した彼。彼の元にその小壜が返ってきたというのはどういうことか。

 個人的にそれが、「島田が拾った」とか「誰かが拾った」ではなくて、「犯人の元に返ってきた」というのがいいと思いました。最後の最後の審判を、海が彼自身に託し返したような気がして。その壜を誰にも気付かれずに握りつぶせば完全に彼の勝ちだったのに、彼は自ら裁かれる方を選びました

 少し前に、彼のやり方が卑怯で気にくわないと書きましたが、そのもやもやが最後に払拭されたので、個人的にはベストな終わり方でした。ここも含めて、やっぱりミステリー作品の最高傑作だと思います。

まとめ

 いかがでしたか?

 今回の記事では、これを読まずして本格ミステリーは語れない!といっても過言ではないほどの大傑作、綾辻行人の「十角館の殺人」について、ネタバレありで語りました

 月日とともに様々な読書経験を経て、10年ぶりくらいに再び読んでみましたが、やっぱり名作というのは色褪せないものですね。むしろ以前に読んだときには気付けなかった伏線や素晴らしさに改めて気付けたような気がします。

 感想といっても、あまりちゃんとまとまっていない自分勝手なものですが、読んだ人が「ここ私もこう思った!」「確かに!」と共感してくれたり、「これは気付かなかった」「確かにそうだなあ」と納得してくれたりすれば、とても嬉しいです。

 では、ここらで。
 よい読書ライフを!

 

 

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