京極夏彦『百鬼夜行シリーズ』を私がおすすめする理由

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 こんにちは、らくとです。

 みなさんは「百鬼夜行シリーズ」って知ってますか?

 京極夏彦さんの人気シリーズで、ミステリ界の中ではかなり有名です。読んだことがない人でも、おそらくシリーズ史上一番評価の高い一作である「魍魎の匣」というタイトルは聞いたことがあるかもしれません。また、それを聞いたことがなくても、書店や図書館に並んでいる、レンガのように分厚い本というと、見覚えがあるのではないでしょうか。

 この「百鬼夜行シリーズ」は、個人的に、全てのシリーズものの中で一、二を争うくらい好きなシリーズです。サイドストーリーやスピンオフはまだ追い切れていないものもあるのですが、長編は全て読み終えています。

 2023年9月には17年ぶりに新刊「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」が発売され、待ちわびていたファンの間でかなり話題になりました。そこからも分かるように、長い間、多くの人に愛されているシリーズです。

 この記事では、そんな「百鬼夜行シリーズ」について、その魅力とそれぞれの長編作品の見所を語っていきたいと思います。ネタバレはありませんので安心してお読みください。

私がシリーズを読んだきっかけ

 まず、私がこのシリーズを知ったのは、はっきりは覚えていないのですが、中学生くらいのときだったと思います。教えてくれたのは父親でした。

 ミステリーマニアの父親から、実家にあったミステリー本を大量に譲り受けたのですが、その中に「百鬼夜行シリーズ」もあったのです。

 けれど何も知らなかった当時の私の目には、そのシリーズはさほど魅力的には映りませんでした。何せ一目見れば分かるようにレンガみたいに分厚いし、表紙も何だかミステリーというよりは時代小説みたいだし(私が父から譲り受けたのは講談社ノベルズ版でした)・・・貰ったのに申し訳ないけれどスルーしようかな・・・最初はそんな風に思っていました。けれど、そんな私の気持ちを見透かしたのか、父が「姑獲鳥の夏」を手に取り、「このシリーズは面白いから絶対に読むべきだ」と言ったのです。その言葉に背を押されて読み始めました。このシリーズに出会わせてくれ、そして読む気にさせてくれた父にはとても感謝しています。

 そして読んでみると実際にとても面白く、あっという間にこのシリーズの虜になりました。

百鬼夜行シリーズとは?

 京極夏彦さんの人気シリーズです。ジャンルは推理小説ですが、謎や事件に妖怪という民俗学な要素を掛け合わせた独特の世界観が特徴です。また、もう一つの特徴として、1冊のページ数が多く分厚いということがあります。そのことから度々「レンガ本」や「鈍器本」などと言われます笑。

 シリーズの第一作目は「姑獲鳥の夏(うぶめの夏)」。1994年に作者の京極夏彦さんが出版社に自ら持ち込んだ作品で、京極さんはこの作品で作家デビューを果たしています。また、この作品をきっかけに創設された「メフィスト賞」という賞はミステリ界でも有名で、今でも多くの優秀なミステリー作家を生み出し続けています。

 この第1作を始めとして、シリーズの本編として1994年から今まで10冊の長編が刊行されています。2006年の「邪魅の雫(じゃみのしずく)」まではわりとコンスタントに長編が刊行されていたのですが、なぜかそこからぱったりと途絶えてしまい、2023年の「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」まで17年も時間が空きました。だからこそ、「鵼の碑」が刊行されたときはファンはお祭り騒ぎでした笑。

 また、本編だけでなく、本編に出てくる別の登場人物をそれぞれ主人公とした「百鬼夜行陰/陽」や「百器徒然袋」、「今昔続百鬼」、「今昔百鬼拾遺」などの番外編が数多く出ています。また、作者公認のシェア―ド・ワールドシリーズの「薔薇十字叢書」も何冊か刊行されています。この記事では本編の10冊のみの紹介となりますが、本編が気に入ったらこれらの番外編の方もぜひ読んでみてください。

 シリーズのあらすじをざっと説明しますと、まずときは戦後7~8年、つまりは1950年代の日本。語り手は場面に応じて変わりますが、基本的に語り手となることが多く、このシリーズの主人公ともいえるのが、小説家の関口巽。彼が巻き込まれる複雑に絡まり合った奇怪な事件を鮮やかに解きほぐす、いわゆる探偵役は、古本屋でもあり拝み屋でもある関口の友人の中禅寺秋彦です。他にも彼らの友人や仕事仲間や家族として様々な人間がシリーズを通したレギュラーメンバーとして登場し、事件に関わっていきます。

百鬼夜行シリーズの魅力

 多くのミステリーファンに長い間愛されているこの百鬼夜行シリーズ。一見気軽に手に取りづらそうなこのシリーズがどうしてこんなに人気なのか、この記事では、その魅力を3つの面から語っていこうと思います。

 3つの面とは「推理小説としての面」「妖怪小説としての面」「キャラクター小説としての面」の3つです。

推理小説としての面

 まず、「推理小説としての面」です。

 このシリーズのジャンルは推理小説なので、当然メインは事件とその謎解きになります。

 まず特徴として、事件が複雑だということが挙げられます。一つの大きな事件を追うというよりは、一見関連のなさそうに見えるいくつかの事件をそれぞれ辿っていった結果、一つの大きな真実に突き当たるというような、そういうパターンが多いです。そのため謎解きに至るまでの過程がとても込み入ったものになります。このシリーズが「レンガ本」「鈍器本」と言われるほど分厚く長くなるのも、その事件の複雑さに因るところが大きいと思います。しかし、その分、何本も絡まっていたと思っていた糸が実は一本だったのだと分かったときの衝撃と納得は凄まじく、拍手を送りたくなるほど見事です。

 また、事件は複雑なだけでなく、どこか浮世離れしたような、おどろおどろしく奇怪なものが多く、それもまたこのシリーズの魅力の一つでもあります。

妖怪小説としての面

 次は、「妖怪小説としての面」です。

 このシリーズがただの推理小説ではない理由は、ここにあります。この「妖怪」という要素こそ、このシリーズに唯一無二の世界観を与えているのです。

 シリーズの全ての長編のタイトルには『画図百鬼夜行』などの鳥山石燕の画集に描かれた妖怪の名前が入っています。(全てのタイトルが「○○の□」という形ですが、○○に妖怪の名前が入ります。)とはいっても実際に作中にその妖怪が出てくるわけではありません。百鬼夜行シリーズの大きな特徴は、「事件を妖怪になぞらえる」というところなのです。

 そもそも探偵役である中禅寺秋彦が、古本屋であり、神社の宮司であり、また拝み屋でもあるという特殊な人間であり、そういった妖怪・宗教・歴史・民俗などといった分野に異常なまでに詳しいのです。また、事件自体もそういった分野に関わりのあるものが多く、必然的に、そういった方向に話が進んでいき、中禅寺の独壇場という形になります。そういう意味では、このシリーズは、伝奇小説の一面も持っているといえます。

 もちろん探偵役なので、最後にはきちんと事件を解決に導くのですが、「事件の解決」を、その事件に取り憑いていた妖怪を落とすという意味で「憑き物落とし」と呼ぶのも、このシリーズならではの表現です。

 また、途中で、中禅寺による、事件に関係する妖怪や歴史や宗教や民俗やらの蘊蓄(うんちく)が入ってくることもこのシリーズの特徴です。すごく小難しい話が延々と何ページも続くので、そういった分野に興味がないならば、慣れないうちはそこで挫折してしまう人も多いと思います(現に私もそこで3度ほど挫折しました・・・涙)。しかし、このシリーズにはまり始めると、その蘊蓄ですら味わい深いものに思えてくるから不思議です。蘊蓄が始まったとき、「そうそう、これでこそ百鬼夜行シリーズ!」と思ったなら、もうそのシリーズにどっぷりとはまってしまっているということです。

キャラクター小説としての面

 最後は、「キャラクター小説としての面」です。

 キャラクター小説というと「キャラクターを中心に話が進んでいく小説」であり、ライトノベル傾向の強い作品が多いイメージがありますよね。このシリーズは内容も文章も決してライトとは言い難いので、一見すると全くキャラクター小説っぽくはありません。

 けれど、このシリーズが長く多くの人に愛されている理由の一つとして、「キャラクターが魅力的」というのは絶対にあると思います。個人的には、重めのキャラクター小説と言っても過言ではないと思っています。

 とにかく、出てくるキャラクターがみんな個性的で魅力的なのです。特に主要メンバーには変人しかおらず、かなり癖の強いメンツとなっています。普段はみんな仲がいいのか悪いのか、口喧嘩やけなし合いばかりしていますが、いざ誰かが危ない目に遭おうとしたら本気になるような仲間想いの一面がたまーに見えるのもいいです。

 主なキャラクターとしては、探偵役の中禅寺秋彦(通称「京極堂」)、語り手になることの多い小説家の関口巽、探偵の榎木津礼二郎、刑事の木場修太郎。この4人が主要メンバーです(だと思ってます)。中禅寺・関口・榎木津は学生時代の旧友同士、榎木津と木場は幼なじみ、木場と関口は戦時中同じ部隊だったという繋がりがあります。さっきも言ったように、この4人はかなり癖が強いです。他にも、中禅寺の妹で雑誌記者の中禅寺敦子や、その同業者である鳥口守彦、木場の後輩刑事の青木文蔵など、魅力的なキャラが多々登場します。

 キャラの魅力について語る記事を個人個人で書きたいくらいにみんな好きなのですが、個人的に一番好きなのは榎木津礼二郎です。おそらく、作中で最も意味の分からない人間ですが、不思議な魅力があります。榎木津の魅力を語る記事だけは、気が向いたら、いつか出すかもしれません笑。

作品紹介

 百鬼夜行シリーズの魅力は伝わったでしょうか?

 ここからは、これまでに出ている長編10冊、それぞれのあらすじと見所について紹介していきたいと思います。刊行された順に紹介します。

姑獲鳥の夏(うぶめのなつ)

 まずは「姑獲鳥の夏」です。

 東京・雑司ヶ谷の医院に奇怪な噂が流れる。娘は20ヶ月も身籠もったままで、その夫は密室から忽然と姿を消し、そのまま失踪中だという。その事件に過去の知り合いが関わっていることを知り、文士・関口と探偵・榎木津は事件の調査を始めるが・・・。百鬼夜行シリーズ第1作!

 百鬼夜行シリーズの第1作目であり、京極夏彦さんのデビュー作でもあるという、記念碑的な作品です。そのこともあり、私もこの作品には特別に思い入れがあります。

 この作品は、何とも言葉では言い表しがたいです。1作目なんですが、個人的には百鬼夜行シリーズの中で一番狂った作品なんじゃないかと思っています。ミステリーではあるけれど、その枠を遙かに超えた、というよりもその枠をぶち壊した、そんな作品で、初めて読んだときの衝撃はよく覚えています。これが京極夏彦さんのデビュー作、それも初めて書いた小説だと聞いて、天才とはこういう人のことをいうのだろうな、と思いました。

 読んでいて思わずゾッとするようなおどろおどろしさ、自分のいる世界が正常か疑ってしまうような奇妙な空気感。まさに唯一無二のミステリーです。もう一度記憶を消して読みたいです。

魍魎の匣(もうりょうのはこ)

 2作目は「魍魎の匣」です。

 中央線武蔵小金井駅のホームで起きた少女転落事故。電車に轢かれて瀕死の彼女は謎の研究所へと運び込まれる。一方、武蔵野で起きている連続バラバラ殺人事件の情報を追って道に迷った記者の敦子と鳥口、そして小説家の関口は「匣(はこ)」のような奇妙な建物に辿り着いた・・・。複雑に絡み合った事件の渦中にあるものは?

 百鬼夜行シリーズの2作目です。シリーズ内ランキングでも1位に挙げている人が多いため、おそらくシリーズの中で最も評価の高い作品だと言えるでしょう。私も面白さでいうとこの作品がベストかな、と思います。個人的には、シリーズの中どころか、あらゆるミステリー小説の中でもかなりの上位に来る大好きな作品です。

 前作よりもミステリーの色味が強くなっています。いくつもの事件が絡まり合っており、その中心に「何かがある」ことはぼんやりと分かるのですが、それが何なのかは分からない、でもそれは何か恐ろしいものだ・・・そういう不吉な予感のようなものが終始漂っている、そんな話でした。そして全てが分かったときには戦慄が走り、そしてラストシーンはそのおぞましさと美しさに鳥肌が立ちます。

 読書好き、そして特にミステリ好きなら読まないともったいないと思います。それくらいに完成度の高く、素晴らしい作品です。

狂骨の夢(きょうこつのゆめ)

 3作目は「狂骨の夢」です。

 夫を四度殺した女、朱美。極度の強迫観念に脅える元精神科医、降旗。神を信じ得ぬ牧師、白丘。3人の前に勃発した怪事件・・・海に漂う金色の髑髏(どくろ)、山中での集団自決。京極堂は憑き物を落とせるのか?

 百鬼夜行シリーズ第3作目です。前作が「魍魎の匣」で次作が「鉄鼠の檻」と、評価の高い作品に挟まれているため、若干埋もれてしまっている感じがありますが、私は隠れた名作だと思っています。

 確かに事件というか舞台設定が若干地味な感じはするのですが、個人的に、様々なところにとっ散らかっていた謎たちが、最後の「憑き物落とし」によって集められ、収まるべき場所にぴたりぴたりと収められていくのがとても気持ちよく、全てが繋がったときには思わず感嘆の声をあげてしまうほどでした。

 純粋にミステリーとしてとても出来の良い作品です。シリーズの中では比較的短めなので、個人的には読みやすい方かな、と思いました。

鉄鼠の檻(てっそのおり)

 4作目は「鉄鼠の檻」です。

 箱根の山奥で起きる数々の奇妙な現象。然と出現した修行僧の屍、山中駆ける振り袖の童女、埋没した「経蔵」・・・そして、次々と殺される仏弟子たち。謎の巨刹・明慧寺には何がある?さしもの京極堂も苦闘する、シリーズ最大の難事件!

 百鬼夜行シリーズ第4作目です。こちらもシリーズ中でかなり評価の高い作品です。そして個人的に言わせてもらうと、シリーズ史上最も難解な作品だと思います。

 今回はミステリー味は前2作よりも少ないと思います。寺が舞台ということもあり、事件には深く仏教が関わってきます。そのため宗派や禅問答など仏教に関わる話が多く、正直かなり難しかったです。けれど、私は文系人間で、中でも日本史が結構好きなので、難しさに苦しみながらも興味深く読みました。

 そして、シリーズ内で最も世界観が深く作り込まれている作品でもあると思います。舞台が箱根の山奥とかなり限定されており、かつ出てくるのは僧侶ばかり、そして話もずっと仏教系・・・ジャンルを作るなら仏教ミステリー、というのが最適でしょうか。舞台自体がかなり世俗から離れているので、まるで異界にいるような気分です。その分没入感もすごいです。ぜひ挑戦してみてください。

絡新婦の理(じょろうぐものことわり)

 5作目は「絡新婦の理」です。

 房総の富豪・織作家創設のキリスト教系の女学校で起こった痛ましい死血塗られた鑿を振るい、女の目を抉って殺す目潰し魔。2つの事件は八方に張り巡らされた蜘蛛の巣となって周りの人間を眩惑し、搦め捕る。その中心にいるのは誰か?

 百鬼夜行シリーズ第5作目です。こちらもシリーズの中で評価の高い作品です。

 この作品の主役は、ずばり「女」です。この事件に大きく関わる織作家は女系の一族ですし、事件が起こる学校も女学校、目潰し魔の被害者もみんな女。いわばこれは「女」の事件。もちろん京極堂を始めとするおなじみのメンバーも登場し、事件に関わっていくのですが、この事件においては、彼らすらもどこか脇役的なポジションにいるよう。それほどまでに、この事件で登場する女たちは美しく、強くもあり弱くもあり、そして恐ろしくもあります。そして、読んでいる私たちは、彼女たちにいつのまにか、魅せられて、物語の世界にどっぷりと浸かっているのです。

 そしてもちろん、ミステリーとしての作り込みも美しく、素晴らしいです。また、シリーズの中でも一、二を争うほど恐ろしい事件でもあります。ぜひ。

塗仏の宴 宴の支度・始末(ぬりぼとけのうたげ うたげのしたく・しまつ)

 6、7作目は、「塗仏の宴」です。こちらは「宴の支度」と「宴の始末」で二部構成になっています。いわば上巻と下巻のようなものだと思ってください。

 昭和二十八年春。小説家・関口の許に舞い込んだ奇妙な取材依頼。伊豆山中の集落が住人ごと忽然と消え失せたのだという。調査に赴いた関口の前に、郷土史家を名乗る和装の男が現れた・・・男が出現させたこの世ならざる怪異。六つの妖怪の物語で、「宴」の「支度」は整い、その結末は「始末」で明らかとなる

 百鬼夜行シリーズ6、7作目です。あらかじめ言っておくと、この作品を読むに当たっては、絶対にこれまでのシリーズの長編作品を全て読んでおくことをおすすめします。これまでの事件で登場した人物が何人か再登場しますし、何よりもそれらの事件の真相の一端にふれている部分があるからです。いわゆるネタバレを喰らいたくなければ、全て読了しておくのが賢明だと思います。

 伊豆の消え失せた集落の謎に始まり、おかしな宗教集団やら裸女殺害事件やらが絡んできて、事態はどんどん混迷を極めていきます。まあこれでこそ百鬼夜行シリーズ!という感じなんですが、今回はいつもは語り手を務める関口がかなり深刻な事態に陥っており、またいつものメンバーの何人かが突如失踪したりと、これまでとは少し違う、かなり緊迫した空気が漂っています。そして、この事件にまさに「始末」をつける憑物落としのシーンはこれまでの作品の中で最もカオスで、その異様な雰囲気には圧倒されました。

 レギュラーメンバーがほぼほぼ勢揃いで活躍しますし、これまでの事件の関係者まで再び出てきたりと、いわば百鬼夜行シリーズのオールスター作品とも言えます。

陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず)

 8作目は「陰摩羅鬼の瑕」です。

 白樺湖畔にそびえる洋館「鳥の城」は、主の五度目の婚礼を控えていた過去の花嫁は何者かの手によってことごとく初夜に命を奪われているという。花嫁を守るように依頼された探偵・榎木津礼二郎は、小説家・関口と館を訪れるが・・・。

 百鬼夜行シリーズ8作目です。この作品はなんというか、これまでの百鬼夜行シリーズの中でも少し異色作だと思います。ある意味では一番百鬼夜行シリーズらしくないというか、混沌のあまりない、静かな作品でした。登場人物もかなり少ないです。前作「塗仏の宴」がすごく騒々しかったこともあって、若干の寂しささえ覚えますが、そこがこの作品の味でもあります。

 ミステリー味はあまり強くありません。何が起こっているのか、誰が犯人か、というよりも、それが起こるにいたった背景、もっというならなぜそれが起こってしまったのか、というのが主題となります。一人の人間の精神世界を深く掘り下げていくタイプの話なので、刺激を求めている人にとっては少し退屈かもしれませんが、私はこの作品のその独特な世界観が好きでした。

邪魅の雫(じゃみのしずく)

 9作目は、「邪魅の雫」です。

 昭和28年、夏。江戸川、大磯、平塚と連鎖するかのように毒殺死体が続々と。一方で、探偵助手の益田には、探偵・榎木津礼二郎に持ち込まれた縁談がことごとく破談になっていることについての調査が依頼された。二つの事件のつながりと行く末は?

 百鬼夜行シリーズ第9作目です。今回も前作と同様、あまり百鬼夜行シリーズらしくない作品です。榎木津と関口くんが二人ともあまりらしくない行動を取るので、少し調子が狂いました。事件自体はけっこうややこしいのですが、派手さはあまりない静かな作品でした。

 今回の事件は、一言でいうと「榎木津の事件」です。榎木津礼二郎というのは、このシリーズの主要キャラクターであり、シリーズ内でも随一の変人でもあります。そのぶっ飛びっぷりがまた魅力でもあるのですが、ある意味では一番心の内が読めない人間ではないでしょうか。この事件では、そんな榎木津の人間らしさのようなものが垣間見えます。とにかく終始榎木津が静かで、いつもみたいに暴れてくれーと淋しく思いながら、読んでいました。

 少し冗長に感じる部分もあるかもしれませんが、最後まで読めばその切ない余韻に浸ることになります。とにかくラストシーンがいいのです。

鵼の碑(ぬえのいしぶみ)

 10作目にして最新刊が「鵼の碑」です。

 殺人の記憶を持つ娘に惑わされる作家。消えた三つの他殺体を追う刑事。失踪者を追い求める探偵。そして、見え隠れする公安の影。発掘された古文書の鑑定に駆り出された古書肆は、この“化け物の幽霊”を祓えるのか。

 なんと「邪魅の雫」以来、17年ぶり(!)の百鬼夜行シリーズの新刊です。「鵼の碑」という題名だけが告知され、原因も分からないままずーっと刊行されず、もうお蔵入りなのではないか・・・とファンたちからはちらほらと諦めの声も聞かれていたこの作品。2023年、とうとう刊行されると聞いて、ファン達はどれほど喜んだことでしょう。私もその一人でした。

 舞台は日光。事件の複雑さでいうと、シリーズの中でも上位に入るのではないでしょうか。多くの人間の過去と現在が入り乱れ、もう何が何やら・・・という感じで、私はメモ帳に時系列とか人物関係とかを書いて、ちょこちょこ整理しながら読みました。でもこの脈絡のあまりない様々な出来事が最後に繋がって一つの大きな絵を描く、という構図はとても百鬼夜行シリーズらしく、ああ、これこれ!と思いながら楽しく読みました。ただ、基本的に事件は過去が中心となっていて、現在進行形の出来事があまりないので、緊張感にはやや欠けるかもしれません。でも17年ぶりの新刊ということで、いやが上にも期待が高まっていたであろうファンたちを十分満足させるだけの面白さだったと思います。

まとめ

  いかがでしたか。

  百鬼夜行シリーズは、妖怪の載った表紙とそのページ数の多さから、敬遠してしまう人もいるかもしれません。実際に私も読む前まではそうでした。けれど、どうか手に取ってみてほしいです。色々語りましたが、その理由を最も簡潔に表すなら、たった一言。

めちゃめちゃ面白いから。

 むしろ、まだ読んでいない人が羨ましい。あの衝撃をまっさらな状態で味わえるのだから。そう思うほどに大好きで、私が全力でおすすめするシリーズです。

 ところで、「鵼の碑」の帯に記されていたところによると、どうやら百鬼夜行シリーズ次回作のタイトルは「幽谷響の家(やまびこのいえ)」というらしいですね。ということは少なくとも続きはまだあるということですが、いつになるのでしょうか・・・笑。まあ次の楽しみが出来たので良しとして、気長に待つことにいたしましょう。

 では、ここらで。
 良い読書ライフを!

 

 

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